ぼくはストレス解消のために運動をするのが好きじゃなかった。
確かに、みんなでワイワイとサッカーやテニスをして、それが楽しかったら良いストレス解消になると思う。
でも、スポーツのために多くの人を集めるというのは結構大変で、日常的にそれをやるのは難しい。
だから、現実的に運動をストレス解消法にしようと思ったら、1人で走ったり、トレーニングをすることになる。
でもそれも「どうなんだろう」と思っていた。
大会に出るなどの目的もないのに(一応、ストレス解消という意味では目的はあるけど)、1人で黙々と走るのはなんかつまらなそうだ。
走ることの疲労で、逆にストレスが溜まりそうな感じもする。
「ストレス解消 = 楽しいことをする」なんだから、
だったら「ゲームしたり」「漫画読んだり」すればそれでいいじゃん。
そう思っていた。
そう思っていた時期がぼくにもありました。
そんなぼくが、今では毎日走ったり、エアロバイクを漕いだりしている。
それは、運動こそが最強のストレス解消法である理由を知ったからだった。
ストレスは「人に運動させるため」に存在している
「運動をするとストレス解消になる」ということは、多くの人がなんとなくは理解していることだと思う。
大なり小なり、運動したあとの頭がスッキリした感じを経験したことがあるんじゃないか。
その科学的な仕組みはあとで解説するとして、
その前に気になるのが、
なぜぼくらヒトの身体には、「運動をするとストレスが解消される」という仕組みが備わっているのか?
ということだ。
「運動」という行動のメインの目的は、歩いたり走ったりして目的地まで移動することや、重いものを運んだりすることだろう。
そこに、なぜ「ストレス解消」というオマケの機能が付いているのか、前々から不思議に思っていた。
結論を言うと、「人に運動をさせることこそが、ストレスの存在意義だから」というのがその理由だ。
どういうことか?
これは、そもそもなぜ「ストレスを感じるという生理反応」が人間に備わっているかを考えればわかる。
話は、人間がまだマンモスなどをがんばって狩っていた頃までさかのぼる。
本来「ストレスを感じる」という身体の仕組みは、ライオンなどの外敵から身を守るために備わったものだ。
目の前に自分の平穏を脅かす危険が現れたとき、脳は警戒態勢に入る。
その警戒を促すのが、ストレスを受けたときに感じるあの嫌悪感だ。
ストレスを感じたとき、つまり目の前に脅威が現れたとき、生物(人間も含む)が取る選択肢は2つある。
それは、
「戦うか」
「逃げるか」
である。
勝てそうだったら戦って敵を排除するし、無理そうだったら逃げることで生き延びる。
なので、よくストレスは「闘争・逃走反応」を引き起こす、という言い方をされる。
この言葉を考えた人は、「上手いこと言ってやったぜ」という気分でこれを発表したに違いない。
戦うことと、逃げること。
これはどちらも、肉体をフルに使う行動だ。
戦って負けたら食われて死ぬし、逃走に失敗しても食われて死ぬので、肉体から持てる力の全てを引き出さなければいけない。
だからストレスは、肉体がその力を充分に発揮するための、準備を促す。
例えば、ストレスはアドレナリンやコルチゾールなどのストレスホルモンを血中に分泌させる。
これによって、
- 心拍数と血圧が上がり、気管支が広がってより多くの酸素を筋肉に送れるようになる。
- アドレナリンは筋紡錘に結合し、筋肉の静止張力が上昇し、瞬時に動けるようになる。
- 皮膚の血管は収縮し、傷つけられても出血しにくくなる。
感情面にも影響を及ぼす。
- ストレス源に対する怒りは、「闘って相手を打ち負かす」ための強い原動力となる。
- 逆に、ストレス源に対する不安や恐怖は、「目の前の脅威から逃げ切る」ための強い動機となる。
つまり、すべてのストレス反応は、人間を「闘争 or 逃走」という行動を行わせるために引き起こされる。
言い換えれば、肉体がフルパワーで動けるようにするための反応。
だから、ある意味、ストレスは人間が運動をするための燃料なのである。
よって、運動をすれば、その燃料であるストレスは消費されていく。
身体中のストレス反応は、役目を終えれば止まるようにできている。
ストレスが本来の役割を果たせていた時代は、ストレスが使われずに溜まるなんてことはなかっただろう。
しかし、時代は変わって、もう人間の目の前にライオンはもういない。
いるのは、目も合わせたくない上司だ。
ところが、身体の進化はその環境の変化に追いついておらず、未だに野生にいた頃と同じストレス反応の仕組みを採用している。
ライオンだろうと上司だろうと、同じストレス反応が起きる。
だけど、上司という天敵を排除したいからと言って、そのみぞおちに正拳突きを食らわすわけにもいかない。
上司の叱責が怖いからと言って、業務の報告を怠って、全力疾走で逃げ出すわけにもいかない。
そうなると、ストレスは使われないままだ。
ストレスホルモンは分泌され続ける。
加えて、デスクワークというワークスタイルが定着し、日常生活ですっかり運動する機会が失われてしまったという事情もある。
つまり、現代の環境では、ストレスの使い道がなく、溜まっていく一方なのだ。
この「ストレスは運動をするための燃料」という言葉はぼくの中でかなり腑に落ちた。
ストレスは自分を危険から遠ざけるための反応、ということは理解していたし、そう認識している人も多いと思う。
しかし、もう一歩踏み込んで、「運動のための燃料」と考えている人は少ないんじゃないだろうか。
でも、ストレスの本来の役割を考えたら確かにそうだし、運動するとストレス解消になるのも合点がいく。
運動こそが最も自然な形でストレスを解消するための方法なんだな、とわかった。
そう考えると、ストレス発散のために運動しようという気分にもなってくる。
逆に、ストレスを感じているのに、運動しないという不自然な状況が、気持ち悪くすら思えてくる。
鉄道が走り、日常からライオンが消えたこの時代では、意識的に運動することは必要不可欠なことだったのだ。
人間は便利な社会を創り上げたが、その環境の変化に人間の進化が追いついていない。
その歪みを矯正するために、意識的な運動が必要だ。
今さら、この便利さを手放すこともできないんだから。
運動がストレス解消になるという科学的根拠
運動がどのようにしてストレス解消効果を発揮しているのか。
ここでは、科学的にわかっていることを、簡潔に説明しよう。
こちらの記事を読んでおくと、より理解が深まります。
関連記事▶︎ 知らないとヤバい…ストレスがあなたの体の中で起こす悪事の数々【ストレス反応のしくみ】
ストレス反応を止める
筋肉の反応
ストレスを感じると脳からの指令で筋肉が緊張状態になる(筋紡錘の静止張力が高まる)。運動をして筋肉を使うと、この緊張が緩和されていく。筋肉がリラックス状態になると、脳も「これ以上、警戒をする必要はない」と判断して、ストレス反応を弱めていく。
心房性ナトリウム利尿ペプチド
また、運動をすると、心臓から心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)というホルモンが分泌される。このホルモンが脳のストレス反応を鎮め(HPA軸という機構にブレーキをかける)、ストレスホルモンの分泌にストップをかける。
パニック障害の症状が頻繁な人は、血中のANP濃度が低いこともわかっている。
参考文献
▶︎脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方
感情への働きかけ
運動は脳内のγアミノ酪酸(GABA)の分泌を引き起こし、これが気分を落ち着かせる働きがある。
また、運動によって分泌されたBDNF(脳由来神経栄養因子)という物質が、脳内のセロトニンを増やし、気分を落ち着かせ安心感を高める。
参考文献
『脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方』
運動によってストレス耐性が増す
こんな研究がある。
心臓病の人は、健康な人よりも20%ほど自律神経が興奮した状態になっている。
つまり、心臓病になる人は、普通の人より多くのストレスを感じている。
その人たちが6ヶ月間の運動プログラムを行ったところ、自律神経の活動が正常値に戻っていた。
カナダ・ウェスタンオンタリオ大学のケビン・シューメーカー教授はこう語る。
「運動は自律神経が興奮するのを阻止します。ストレス反応の暴走を抑え、心臓、脳、肝臓などの臓器を守ることにつながるのです。しかも、こうした運動トレーニングでマイナスな結果になった例はありません。自律神経の興奮を抑える効果は、高齢者や何らかの病気を患っている人ほど高いといえます」
では、なぜこのようなことが起こるのか?
アメリカ・ウェイン州立大学の研究
運動をすると、脳の延髄という部位の神経細胞の形状が変化することをマウスの実験で明らかにした。
その変化とは何か?
神経細胞は、細胞本体からほそい突起がいくつか伸びている。
神経細胞はこの突起を別の神経細胞に接続することで情報をやり取りしている。
運動をした脳では、その突起の数が減少していた。
延髄は、脳から身体の神経へ情報を送る仲介役としての役目がある。
つまり、突起の数が減ったことで、脳から届くストレス信号を減らすことができた。
それによって、自律神経の過剰な興奮を抑えることができたと考えられる。
同大学のパトリック・ミューラー准教授はこう語る。
「重要なのは、運動によって神経細胞が変化する、つまり『脳(神経細胞)自体』が変化するのが分かったことです。変化を持続するためには、定期的に運動をすることが重要です。運動しなくなると、すぐ元に戻ってしまいます。いま運動していないという人は、ぜひ、運動を始めてください。必ず効果があります」
参考文献
その他のエビデンス
ストレスと脳
複数の研究により、慢性のストレスにさらされているラットを運動させると、ストレスによって縮んだ海馬が元の大きさに回復することがわかっている。
ストレスとがん
ストレスは免疫力の低下を招く。近年では、医者はがん患者に運動を勧めるようになった。免疫反応を高める上でも、ストレスやうつをはねのける上でも有効だからだ。運動ががんを治すとは決して言わないが、研究によると運動の有無は、ある種のがんの要因になっているらしい。35件の研究のうち23件が、運動不足の女性の方が乳がんのリスクが高いことを示している。また、体をよく動かす人は結腸がんにかかる確率が50パーセント低い。さらに、65歳以上で運動をしている男性は、通常は死に至る進行性前立腺がんにかかる確率が70パーセント低い
ストレスとうつ
精神科医・キース・ジョンズガードにより、不安・うつの治療法である「認知行動療法」と、運動を組み合わせると、効果が劇的に上がることが報告されている。
参考文献
『脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方』
ストレスを燃やし尽くす
ストレスは運動のための燃料、運動こそが遺伝子公認のオフィシャルなストレス解消法なのだと知ってすっかり運動する気になったぼくは、
いつしか毎日運動するようになっていた。
1回30分程度の有酸素運動(ランニングやエアロバイク)を週4~5回。時間があるときは筋トレも。
ぼくはその頃、非常にストレスフルな状況にいた。
だが、運動すると気持ち良かった。
状況は何も変わっていないのに、気分がすっきりするのが素晴らしい。
もちろん、最終的にはストレスの原因を取り除かなければいけない。
しかし、そうするには、その活動のための活力が必要である。
ストレスで何もやる気が起きない状態では、状況を改善する努力をするのも難しい。
だから、状況改善のための第一歩としてもふさわしいのが運動だ。
運動をするとすごく気持ちいい。
さわやかな疲労感が心地いい。
なぜか達成感のようなものも湧いてきて、気分がすごく上向きになる。
PCワークでこの疲労感を味わうことはできない。
デスクワークで筋肉をギリギリまで酷使することなんてない。
だからこそ、気持ちいいんだろう。
ランニングや筋トレをしていると、たまに日常のイライラや何とも言えない感情、どうにもならない感情が脳裏をよぎることがある。やけにエモーショナルな音楽を聴きながら走っているときなどによくある。
または、ジムのトレッドミル(ランニングマシン)の画面のテレビ映像にガッキーの可愛らしい顔が映ると、形容しがたい青みがかった衝動がこみ上げてくることがある。
すると、自然と腕に、脚に、力が入る。
いや、力を込めずにはいられなくなる。
普段は行き場がなくて抑圧されるしかなかった感情たち。
でもそれが今は筋肉に宿って、水を得た魚のように活き活きとして、輝いている。
エネルギーとして、肉体で使われて、やがて汗となって、蒸発して消えていく。
感情に身をまかせて、筋肉を酷使する。
これがまた、たまらなく気持ちいい。
我々がロックスターであれば、湧いてきた感情はステージ上でギターを破壊することで発散することもできる。
だけど、我々は一般民衆なので、その辺で感情に任せて暴れたり、人を殴ったり、物を破壊すると、怒られたり、逮捕されたりする。
しかし、ジムで感情任せに走っているだけなら、怒られることも、起訴されることもない。
ただただ気持ちいいだけである。
ぼくはいつしか、運動を自分への褒美のように捉えるようになった。
貴重な時間をさいて、「気持ちいい」以外になんの生産性もない行為をやっている。
それを娯楽と呼ばずして何と呼ぼう。
いや、気持ち良い以外には、健康に良いという効果もあった。
頭が良くなるという効果もある。
集中力が高まり、意欲も高まるという効果もある。
前向きな思考になり、鬱を防ぐという効果もある。
脳の老化を防ぐという効果もある。
あれ?メリットしかない。
メリットの宝石箱だ。
もはや、やらない理由がない。
だからぼくはこれからも走り続けるだろう。
そして、これを読んだあなたも、
気付けばシューズの靴ひもを結んでいることだろう。
*この記事の続編をアップしました。
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