今日、自分のブログのコメント欄をチェックしていた。
すると、ブログにイラつくコメントがついていた。
俺はそれを読んでイラっとした。
なぜなら、そのコメントがイラつくコメントだったからだ。
が、こういうコメントは気にしても意味がない。マジで意味ない。
たまに考えさせられるコメントというのもあるけど、この批判コメントはただの揚げ足取りか、匿名で暴言を吐きたいだけのコメントだと思ったからだ。
しばらくイラついた後、「そんなことより、やらなきゃいけないことをやろう」と思い、コメント欄をそっと閉じた。
そのとき、ふと気付いた。
いま、何気なく頭に浮かんだ「そんなことより」という言葉。そのフレーズを使った瞬間、それまで脳内にまとわりついていたイライラが一瞬で晴れてスッキリとした気分になったことに。
マンガなんかでも、ヒロインと話している主人公が、「そんなことより」と話題を変えようとすると、ヒロインが「”そんなこと”ですってぇ〜?」と怒り出すシーンがよくある。
ヒロインにとっては重要な話だったのに、「そんなこと」呼ばわりされたことに腹を立てたわけだ。
つまり、ある事柄を、「そんなこと」という言葉に置き換えると、その事柄をかなり矮小化できるということだ。
「そんなこと気にしてるの?」
「そんなことよりさあ」
確かに、「そんなこと」という言葉には、「取るに足らないどうでもいいこと」というニュアンスが含まれている。
生きていると、気にしても仕方ないけど、気になって仕方ないことが出てくるものだ。
しかし、気にしても仕方ないことは、気にしても仕方ない。
でも、わかっていても、気になって仕方ない。
そういうときは、そのモヤモヤに「そんなこと」というレッテルを貼ってみてはどうだろうか?
ムカつく言葉も、ムカつく人間も、「ムカつく」という感情を抱いているということは、それは自分の中でそいつらを「怒りを感じるに値する」と評価していることになる。言い換えれば、ある程度は重要視しているということだ。
しかし、そいつらが自分にとってノイズでしかないのなら、それらに何かの感情を抱くこと自体がエネルギーと時間の無駄でしかない。
そういうノイズに対しては、「そんなことより」という言葉で、関心を断ち切ろう。
「なんだこいつ?ムカつくな。………まぁそんなことより、今日の晩飯は何にしようかな?」
そう考えると、「この人、なんか必死こいて俺のことをイラつかせようとしてきているけど、俺にとっては晩飯より重要度の低い、「そんなこと」で片付けられる存在、取るに足らない存在で、全然相手にされてないんだけどな、かわいそう」という心理が働く。
そう思うだけでも、ちょっとすっきりして、ノイズのことなんてどうでもよくなってくる。
重要ではないことを、重要視していては時間とエネルギーの無駄でしかない。
そんな時は言葉の力を使って、ノイズをばっさりと斬り伏せよう。
ぼくらには、そんなことより大事なことがあるんだから。