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「感謝して生きる人生」「ありがとう」なんて綺麗ゴトだと思ってた

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感謝して生きる人生は素晴らしい

今日はウン◯がたくさん出た。

嬉しかった。

爽快だった。

 

そして、なぜか。

今日に限ってそのことに感謝したくなった。たくさん出てくれてありがとうって。

たまにあるよね、そういうこと。あ、ないですか。そすか。。

 

話の続き。

そしたら、便器にウォッシュレットが付いていることにも感謝したくなったし、手洗い場の水が普通に出ることも、よくよく考えれば感謝してもいいことのような気がしてきた(熊本地震のあとは水が出なくてとても不便だった)。

 

感謝して生きると良いってことは、色んなとこで耳にして、そのときは綺麗事みたいで気持ち悪かった。

偽善みたいにも思えた。

 

 

感謝して生きる人生

感謝という気持ちの間には、与える側(感謝される側)と与えられる側(感謝する側)の上下関係みたいなものがある気がして、積極的に感謝するということは自ら進んでその、下の身分になろうとすることのようにも思えた。

 

だけど、本当に感謝の気持ちが溢れてくるときって、自分の心も浄化されるようの気持ちになる。

ありがたくて、嬉しくて、その喜びを、その喜びをくれた人(モノ)にも伝えたいという気持ち。

小さな幸せを見逃さない力というか。

 

感謝するというのはむしろ(結果的に)自分が気持ち良くなる行為じゃないだろうか。

そして、感謝された方もきっと喜んでくれるだろうし。そうじゃなくても、少なくとも怒ることはないだろう。

 

だから、感謝できる部分を積極的に探すというのは、すごく利己的な行為でもあり、利他的にもなりうる、合理的な行為なのだと気付いた。

 

ウザい言い方をすればWin-Winの関係。誰も損をしていない。

でも、漠然としたイメージで、感謝する方が何か損しているようなイメージがあった。これまでは。

 

そして、これも今気付いたんだけど、ぼくは感謝することに反発を覚えていたんではなく、「当たり前のことに感謝しなさい」と何かを強制されること自体に反発を覚えていたんだろう。

心理学でいうところの、心理的リアクタンスってやつだ。

強制されるとしたくなくなるという心理。

だから、感謝することの大切さは自分で気付くしかないんだろう。

 

感謝するってとても簡単

当たり前のことに感謝することはとても簡単だ。

もしそれが無かったらを考えるだけ。

便利な世の中なので、当たり前にあるけど、無くて困るものはたくさんある。死ぬほどある。

 

電気がないと超困る。

水道が使えないと超困る。

スマホが使えないとマジ困る。

ご飯が食べられないと本当に困る。

友達がいないとすごく困る。

 

そして、当たり前のことに感謝できたら、普段通りの生活をしているだけなのに、ありがとうって気持ちになる。

こんな便利な生活を送れていることが嬉しくなる。

特別なことをしなくても、充実した気分になれる。

 

これってスゴくお得なことだよね。

良い気持ちになれるチャンスがそこら中に転がっているのにそれを無視するのはある意味機会損失。

初期投資0、ランニングコスト0、リスク0。


気付くか気付かないか、やるかやらないかだけ。

これはやらない手はないでしょう。

 

ありがとう

というわけで、今日は感謝のお話でした。

 

おわり。

 

 

あ。

 

 

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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