台風15号で住んでいた南房総の部屋は文字通り吹き飛ばされ、家電や服は瓦礫に埋もれ、色んなものが一夜にして変わり果ててしまった。
そんな災害の一部始終の記録。
自分を含めた全ての人の危機意識を高める一助となれば。
住んでいるシェアハウスの管理人から「台風来るから雨戸閉めといて」と言われ、今回の台風はけっこう強いんだなと知った。
強い事はわかったが、具体的にどのくらい強いかを自分で調べようとはしなかった。
そのときの自分は、地震なんかとは違って、台風に対しては危険というイメージがいささか希薄だった。
子供の時とか、これまで住んでいた地域では台風が来るからと雨戸を閉めても特に何も起こらず、肩透かしに合うことが多かったからかもしれない。
それでもニュース等で台風の甚大な被害を目にした事はあるんだから、ただ自分の想像力が乏しいだけなんだろう。
今後は天気予報にもっと関心を持つようにしよう。情報と危機意識があれば、まだ事前に出来る事はいくらかあった。今振り返るとそう思う。今回の教訓の1つ。
雨戸を閉め、飛ばされそうなモノを家の中に入れるというオーソドックスな台風の備えを済ませ、それ以外は特に何もしなかった。
そして今日と変わらない明日が来る事を一切疑う事なく、いつも通り就寝した。
深夜2時に目が覚めた。
台風が家屋を揺らす音が騒がしい。しかし、住んでいる家はけっこう年季が入っているので、台風の夜にこのぐらいの騒音はいつもの事。それ自体は特に驚かなかった。だけど、ときおり「メキメキメキッ!!」という聞きなれない音が聞こえる。何の音だろう。外の木が折れそうになってるのか?
それと、寝る前に付けていたはずの扇風機が止まっていた。どうやら停電したらしい。まぁそれくらいはいつもの事だとやっぱり驚かなかった。ところが、隣の部屋から明かりが漏れていた。
隣には同じシェアハウスの住人・トモキ(本名)が住んでいる。
停電してるのになんで明かりが付いてんの?と思い覗いてみると、トモキがスマホの明かりを頼りに雨漏り対応をしていた。
トモキの部屋が雨漏りしているのは初めて見た。雨はかなりの強さのよう。
ちなみに、オレの部屋、トモキの部屋は2階建て一軒家の2階に位置する。
「PC類はビニールにいれたり、避難させた方がよさそうですよ」
トモキが言った。
確かにそうだなぁ、と思いながらも深夜の眠さで面倒くささが勝った。俺の部屋は雨漏りしてないしまあええやろ、と。眠気で判断力が鈍っていたと言い訳させて欲しい。
「自分は大丈夫」という正常性バイアスも見事にキマッている。
再び寝ようと床についた。
その数分後、自分の部屋も雨漏りし始めた。
うお!まじかっ!!!
このシェアハウスに2年住んでいるが、初めての事だった。
しかし、冷静に考えれば隣の部屋が雨漏りしてるんなら、自分の部屋が雨漏りする事も充分に考えられる話。
その程度の予想も立てられなかった。やはり眠気のせいだと言い訳させて欲しい。
何か雨水を受け止める容器はないか?手頃なやつは既にトモキが総動員させている。探していると、トモキが、使っていないクリアケースの引き出し部分を貸してくれた。ありがとうトモキ。
自分の部屋が雨漏りしだして、ようやく事の重大さを本当の意味で理解し始めた。
まず最優先に、PC類が入ったリュックを1階に持っていった。
次に手に取ったのは、服だった。昨年の冬、デートのために買ったKAZUYUKI KUMAGAIのコート。6~7万円ぐらいしたという金額のデカさから「優先度が高い」と脳が咄嗟の判断を下したのだろう。ちなみにそのデートは失敗している。
その2つを移動させたあたりから、天井の方から「バリバリバリッ」とか「メキメキメキッ」という何かが崩壊するような音が響いてきた。天井を構成する木板は、釣り上げたばかりで活きのいい真アジのように、激しく上下にしなっている(ちなみに南房総のアジはとても美味しいので、観光の際はぜひご賞味ください)。
その光景を見た時は割と血の気が引いた。
え?これはマジで天井ヤバいんじゃないの?
割とパニックになり、とりあえず下に降りた。下には1階の部屋に住んでいる男子大学生の“ゆうが”(通称:YG)がいて、雨漏りがやべぇと嘆いていた。
当時、シェアハウスには5人の住人がいたが、台風の日に家にいたのは自分とトモキとYGの3人。
「それより天井がガチでやばい。マジで壊れそう」
という事をYGに伝え、ひとしきりアタフタした。
今思えば、このアタフタしていた時間にもっと多くの荷物を下に避難させるべきだった気がする。いや、それは結果論であり、やはりこの時点で2階にいるのは既に危険な状態だっただろうか。それよりも、トモキが雨漏り対応していた時点で荷物を避難させ始めるべきだった。しかし、この時点で部屋と天井があそこまで悲惨な事になる事まで予想しろというのはやはり酷だったんじゃないだろうか。
ガシャーン!と2階からガラスが割れるような音が響いた。
何の音?しかも断続的にその音が聞こえてくる。
引き続き、ミシミシッ!ベリベリッ!バリバリバリバリッ!!というという嫌な音も響いている。
上で何が起こっているのかわからないが、いよいよこの家がヤバくなってきた事はわかった。
しかし、1階で口を半開きにして身を潜めることしかできない。
トモキはというと、洗面器やボウル、ゴミ箱などを用いて、淡々と1階の雨漏り対応を行なっていた。
YGはさっきまで俺といっしょに、「こりゃヤベぇな」という会話で事態のヤバさを共有・確認し合っていたが、いつの間にか浸水してない床を見つけて横になって眠っていた。
ふと何かを思い出したように、トモキが2階へと駆け上がって行った。
おお、マジか。行くのか、この状況で。
そして、自分の部屋から何かを持って帰ってきた。何か大事なものなんだろう。
「いやぁ、部屋ヤバいっすね」
何がどうヤバいのかわからないが、とにかくヤバいらしい。
「オレの部屋も見た?」
「あ、見てないです」
まぁ、この緊急時に他人の部屋まで見る余裕は無いだろう。
しかし、トモキが上に行った事で、まだ2階に行くという選択肢もあるんだなという事に気付いた。
なんとなく、もう2階には行けないものだと決めつけていた。まぁそれもある意味では間違ってはない気もするが。
だが風の強さも、常に激しいわけじゃなく、たまに弱まるタイミングもある。
そして同時に、バックアップのデータが入った外付けハードディスクを部屋に残している事に気付いた。あぁ、マズい。アレだけはどうしても回収したい。
階段の真上にある吊り下がり式の電灯が気になった。アレが落ちてきたらひとたまりもない。
風が弱まるタイミングを待ち、電灯の様子に気を配りながら一気に階段を駆け上がった。
つい1時間前までいつものように寝ていた自分の部屋に、かつての面影はなかった。
既に天井はなく、落ちてきた天板や木材と共に部屋の中は暴風雨でぐちゃぐちゃにかき乱されていた。トモキがこれと同様の光景を見たのなら確かに“ヤバい”。バリヤバい。
しかし、動揺している暇はなかった。幸いにもハードディスクは入り口近くに置いていたため、回収は容易にだった。
少し濡れていたがこの程度ならまだ壊れてないかもしれない。
なんとかハードディスクを回収できたものの、「ああ、革靴も置いてたなぁ」などと何度か“アレも回収したい発作”を催し、よくないとはわかりつつも何度か2階へ行った。
最低でも、鉄鍋をカブるぐらいの対策はするべきだった気がする。
あと、部屋のかなり奥まで行って、瓦礫を掘り返してモノを取り出す事も1度やった。さすがにアレは危険すぎだったなと思う。
さすがにもうやめとこうと、階段のすぐ隣の1階の居間に腰を下ろした。
YGはというと、騒音と浸水を物ともせず、床に座布団を引いて、イビキをかいて寝ていた。
「この状況で寝れるのはかなりの大物ですね」とトモキが言った。
オレは激しく同意した。
ほどなくして、耳をつんざく破壊音が鳴り響いた。あのYGをも飛び起こさせる程の、激しい音だった。
ついに、階段真上にぶら下がっていた電灯が落下。
1階から階段を見上げるだけで、夜空と生の台風を拝む事ができるようになっていた。
2階の天井がほとんど吹き飛んでしまったという事だ。
階段を伝って1階に流れてくる浸水の量が増えた。
時刻は午前3時ぐらいだっただろうか。
2階の屋根を吹き飛ばしたぐらいではまだ満足しないのか、一向に暴風がおさまる気配はない。
これは1階も危険なのではないか?
家ごと倒壊するんじゃないか?
外に逃げたほうがいいのか?
しかし、屋根を吹き飛ばすほどの暴風の中、外に出ていいのか?
どうするよ?という話を3人でしたが、やはり外に出るのは危険だという結論に。この壊れかけのシェアハウスがあと数時間の暴風雨に耐えてくれる事を祈るしかなかった。もしかしたら死ぬのかな?
家の中から台風の夜空を見上げてそう思った。
やる事がなかった。
祈るしかないと書いたが、それはやる事がないという意味の慣用表現であり、実際には祈ることすらしていない。他の2人も多分そうだろう。死ぬかもしれないのにやる事がない。
YGはスマホでインスタを見ていた。
停電で明日以降電気が貴重になるだろうに、なかなかの攻めの姿勢だなと思った。それぐらいしかやる事ないのもわかるが。
トモキが何をしていたのかは覚えてない。家の中をなぜかウロウロと徘徊していた気がする。
気付いたらオレはバナナを食っていた。
なぜバナナを食おうと思ったのか。これから食料が貴重になるだろうに。眠い中、神経も高ぶり、脳が錯乱していたのかもしれない。
最後の晩餐になるかも、という事だったのか。バナナは昨日と変わらず今日も美味かった。真夜中は何食っても美味い。形あるものはいつか壊れてしまうけど(家の屋根とかね)、バナナだけはそのままの美味しさで、いつまでも変わらないでいて欲しい。
なんだかんだで5時ぐらいになっていた。風はかなりおさまっていた。
それまで何をしていたのか本当に覚えていない。
「いやぁ、屋根って本当に飛ぶんやねぇ」とか、「いい教訓になったなぁ」とか、そんな話をしていたような気もする。
天気予報を見てもこれ以降風が強くなる事もなさそうだ。日が出るまであと少ししかないが、眠ることにした。なんとか死なずに済んだ。
夜が明け、雨が止んだ7時か8時くらい。
2階に上がってみた。
やっぱり屋根はなかった。部屋の中はグチャグチャでグジュグジュでメチャクチャだった。服と布団と家電と重要書類が死亡した。
とりあえず、命があってよかった。
でも、もっと出来ることがあった。
天気予報をもっと入念にチェックし、最悪の事態を想定し、部屋のものをもっと下に避難させておけば、所持品の被害はもっと減らせた。
大事なものをひとまとめにしていれば、何度も2階に上がるなんて危険なことする必要もなかった。
来る時刻がわかっている台風でこれなんだから、予告のなしの地震がきたらひとたまりもない。
しかも、自分は過去に熊本地震を経験している。それでいてこの危機意識の低さだ。
損害の度合いでいえば、自分の中では今回の台風が最悪だった(熊本地震の時は恐怖とインフラが止まる不便さは経験したが、結果的に実損はそんなになかった)。
痛みをともなって、今度こそまともな災害への危機感が芽生えそうである。
それを確実なものにするため、この記録を残している。
自分以外でコレを読んでいる人がいたとしても、読んだ直後は「災害対策大事だなぁ」と思うかもしれないが、ひと晩も寝ればすぐに忘れてしまうだろう。
当事者でなければ危機意識を留めるのは難しい。当事者でも同じ轍を踏むことがあるぐらいだ。
それを踏まえた上で、この記録がただの時事的な記録として消費されるだけでなく、読んだ人の意識と行動を変えるものになって欲しいと念押ししておきたい。
災害に関してだけは、確実に、経験ではなく歴史から学んで欲しいと思うから。
さて、目の前にはかつて自分の部屋だった場所が、瓦礫に埋もれている。
何から手をつけていいかわからない。でも片付けなければならない。
台風と家崩壊のその後。瓦礫撤去編に続く。かもしれない…
9/14追記:続編書いた
「住人の持ち物を買い直したい」というpolca始めました。
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